NEWS
INTERVIEWS

デヴィッド・ゲッタやハードウェルも認めた実力者、ハリソンとは?

ハードウェルとのコラボ曲“Sally”で一躍注目を集めるハリソン(Harrison)。今回彼はシンガーとしてフィーチャリングしていたが、実はプロデューサーとしても活躍中! デヴィッド・ゲッタとの共作をはじめ、今後も続々ビッグアーティストとの共演が決定しています。他のEDMアーティストとはまたひと味違ったキャリアを持つ彼に独占インタビュー。

EDMシーンでは、高揚感抜群のトラックやシンセリフ、大絶叫したくなるようなブレイクの瞬間……など曲ごとに様々な魅力がありますが、ボーカルトラックもEDMの大きな魅力。例えば、マシュー・コマもEDMシーンから生まれたスターシンガーのひとり。今回はEDMのネクストブレイクシンガーと目されるハリソンにインタビュー! あのデヴィッド・ゲッタの“Ain’t a Party”やハードウェルの“Sally”などのアンセムで共作し、いまもっとも注目を集めるアーティストのひとりであるハリソン。今回のインタビューで、その謎に包まれたキャリアと、さらにはハードウェルの人柄、あの大ヒット曲が生まれた背景が判明しました!

――まずは君のキャリアについていろいろと聞かせてくれるかな。まずはどこで生まれて、どのようにして育ったの?

「僕は(飲み屋の)バーで育ったよ。母親がバーを運営していたんだ。だから、幼いころの思い出はすべてバーのものばかりだね。13歳のころまで、ロンドンから200マイルほど離れた川辺にあったバーの2階で母親と暮らしていたんだ。水曜日には友達が川に遊びに来てジェットスキーをやってたし、犬も飼っていたから本当に楽しかった。そんな普通とは違う環境、育ち方だし、あまり“家”らしい感じはなかったけどね。でも、本当に楽しい幼少期だったし、学んだこともたくさんあった。そして、16歳のときにロンドンに引っ越したんだ」

――確かにユニークな環境だね。バーではお母さんを手伝ってたの?

「そうだね、いつもウェイターのようなことをやって空いたグラスを回収してたよ。そして週末にはバーで歌っていた。だけど、そのころ一番情熱を注いでいたのはラグビー。地域の代表でもあったし、自分で言うのもなんだけどいい選手だったんだよ(笑)」

――バーで歌っていたときはどのような曲を歌ってたの?

「なんでも歌ってたよ。スティングやフィル・コリンズとか。どの曲が歌いたいとかではなく、ただただ歌いたかったって感じさ」

――ラグビーは何歳から始めたの?

「9歳だね。でも、本気に取り組み始めたのは13歳くらいかな。そこから15歳ぐらいまではラグビーが人生のすべてだった。でも、16歳の時にラグビーを辞めざるをえなくなったんだ。足首を12か所ぐらいも複雑骨折をしてしまってね……。今でも忘れない。そのときは病院で横たわりながら、自分の人生についていろいろと考えたよ。医者からは二度と歩けない可能性が25%ほどあるとも言われたしね」

――想像するだけで恐ろしい……。

「本当にショッキングだったし、このまま車いす生活になるのかと怖くなった。そんな落ち込んでいる時期に、いろんな歌詞を書き始めたんだよね。でも、ラグビーチームの同僚たちには秘密にしてた。もし彼らが知ったら『お前なにそんな女みたいなことやってるんだ!』とボコボコにされていたからね(笑)」

――確かにラグビーと作詞じゃ、正反対だよね(笑)。

「そうだろ!? でも、そうやって僕のラグビー人生が終わったんだ。これからどうしようか迷ってたときに、ちょうど海外で暮らしていた父親がロンドンに戻ることになって、新たなスタートを切るために思い切ってロンドンに引っ越すことにしたんだ。実は、僕はそれまで父親とはほとんど時間を過ごしてなかったから、とりあえず父親のことを知りたいってのもあった」

Harrison02
――最初ロンドンに行ったときは、歌手を目指していたわけではなかったの?

「最初は違ったね。大学にも行って、ホテルのマネージメントについて勉強もしてたけど1カ月で中退した。でもちょうどその時、あらゆる歌詞のアイデアが湧いてきて、これは曲にしてレコーディングしなくちゃ、という気持ちに駆られていったんだ。そして、メアリー・J・ブライジ、スティング、スティーヴィー・ワンダーなどのアルバムをプロデュースした音楽プロデューサーに会うことができたんだ」

――順調なキャリアの滑り出しだね。

「いや、最終的にはそのプロデューサーとは上手くいかなかったんだよね。でも、手元にはアルバム用に作っていた曲が残ってて、そこでいろんな人に曲を送ったんだ。そしたらセルジオというマネージャーから電話がかかってきて、ぜひ会いたいと言ってきた。それを最初に聞いた時は、どうせまた俺は騙されるのかなと思っていたんだけど、実際に会ったらそのマネージャーがチャッキー(LMFAOやデヴィッド・ゲッタなどと共作経験があるトップDJ)のマネージャーであるということが判明したんだ!」

――それはすごいね!

「そこからいきなりアムステルダムでのDirty Dutch(チャッキーが主宰するレーベル)のイベントに招待されたんだ。2012年、僕が18歳のときだね。その時に初めてEDMという音楽に出会ったんだよ。そこで、ディミトリ・ヴェガス&ライク・マイクなどいろんな大物DJにも会った。ただ、その時は彼らが誰だかまったく知らなかったんだけどね(笑)。イベント後にチャッキーと話し、お前ならいいダンス曲を作れそうだからトライしてみないかと言われた。その後、チャッキーからトラックが何曲か送られてきて、その中の一曲が“Ain’t a Party”になったんだ」

――この曲はデヴィッド・ゲッタと君の共作だと認識しているんだけど……。

「まあ、焦るなよ(笑)。“Ain’t Party”が出来上がってチャッキーに送ったら、彼がマイアミの『Ultra Music Festival』でプレイしてくれたんだ。他にも彼はいろんなDJにこの曲を紹介してくれて、ティエスト、カルヴィン・ハリス、デヴィッド・ゲッタなどもかけてくれたね。その後にチャッキーがたまたまデヴィッド・ゲッタと同じ飛行機になって、その場で“Ain’t a Party”がサインされたんだ。そこからデヴィッドがさらにアレンジをして、みんなが知る今の“Ain’t a Party”になったってわけだ」

――EDMの世界は本当に競争が激しいけど、その中で君のオリジナリティーが認められたわけだね。

「僕の音楽にベースにあるのは、あくまでもロック。ロックをベースにそれをダンスミュージックへと仕上げるというのが僕のスタイルだね。それは“Aint a Party”でも“Sally”でも同じさ。他の多くのDJやプロデューサーはラップトップPCの視点から曲を作り、ほとんどがシンセの音だから似たような音になってしまう。でも僕は生楽器を使うし、またちょっと異なるんだよね。僕がラッキーなのは、まだEDM界でこのロックを前面に出している人たちが少ないということ。先駆者的な立場でやれているから、それは本当にクールなことだよ」

Harrison03
――ハードウェルのファーストアルバム「United We Are」のリードトラック“Sally”はどんな経緯でコラボすることになったの?

「2014年の夏、マヨルカ島で過ごした時期がすべてだった。“Ain’t a Party”の後、僕はその曲を引っさげてマヨルカ島のクラブに行って、毎晩のように無料でクラブで歌っていたんだ。そのクラブでは世界的な有名DJたちがよくプレイするから、クラブのオーナーに掛け合って、無料で歌うから、その代わりに有名なDJたちに会わせてくれと頼んでさ。まだマネージャーもいなかったし、なんとか自分で次のチャンスを見つけるしかなかったんだ。そこで会ったDJの一人がスティーヴ・アオキ。そこで彼からオファーがあってこのコラボ曲が生まれたんだ。彼は僕が会ったビッグDJの中でも本当にナイスガイの一人だね。ハートが大きく、実にピュアだ。あれだけ有名で、お金もたくさん稼いでいるのに、トイレ掃除をしている従業員にさえ優しく普通に話しかける実に謙虚な人だ。彼のその性格に触れて、僕は本当にインスパイアされたよ」

――その後、ハードウェルとの出会いが?

「ある日、夕食を食べているときにマヨルカ島のクラブのオーナーから電話がかかってきたんだ。『ハードウェルが君と会いたいと言ってるよ』ってね。信じられなかったけど、すぐに会いに行ったよ。すると、彼は立ち上がって、『ハリソン! 俺はおまえの大ファンなんだよ!』 と言って僕をハグしてくれた!(笑)。そして、ハードウェルと食事していると『お前に俺のアルバムに参加してもらいたいんだ』と言われたんだよ。その瞬間、この2年間の努力が報われたと思い、本当に感動したよね。このオファーをもらって、初めて自信を持つことができた。“Ain’t a Party”というヒット曲はあったけど、たった1曲だし、世界No.1DJからオファーが貰えたということは、“Ain’t a Party”が単なるラッキーパンチではなく、実力が認められたって思えたからね」

――すごいシンデレラストーリーだけど、君の実力があってこそだね。

「そうだったら素晴らしいことだよね。ハードウェルに、その場で何かアイデアはあるかと聞かれ、僕がずっと前に作った“Sally”のデモを聴かせたんだ。でも、彼はそれを聴くと、またツアーに旅立ってしまってね。しばらく音沙汰がなかったから、もうダメかなと思ったら、突然ハードウェルからアムステルダムでのライヴに誘われたんだ。僕はすぐに自腹で航空券を買い、ホテルを予約してアムステルダムに行って彼のライヴで“Ain’t a Party”をまた無料で歌ったよ!(笑)。そこで彼に聞いたんだ。『前に聴かせた “Sally”って曲を覚えてる?』って。そしたら彼が『もちろん覚えてるよ』って言ってくれてね。さらには『すごく気に入っているから、これから一緒に仕上げていこう』と言われたんだ。それから1カ月後に電話がかかってきて言われたのが、この曲がアルバムのリードシングルになると言うことだった。本当にびっくりしたよ」

Hardwell01
――“Sally”を初めて聴いたとき、「ハードウェル、攻めるなぁ」という印象だったよ(笑)。

「“Sally”は通常のEDMの曲とはまったく違うし、賛否両論がまき起こることは予想していたよ。でも、そうやって議論が巻き起こることはいいことだ思う。リリース後にハードウェルから電話があって、人生で初めてテレビで歌う経験ができた。そして彼は、『United We Are』のリリースパーティーの出演オファーをしてくれて、ギャラから航空券まで全部きちんとお金を払ってくれたんだ。これは普通のことだと思うかもしれないけど、僕にとっては彼が人生で初めて歌を歌うためにきちんと僕にお金を払ってくれた人なんだ。歌いに行って赤字にならなかったのはこれが初めて。ハードウェルに会って思ったよ……このEDMシーンは本当に厳しいところだけど、いい人に会う機会があり、本当にいい人はいるんだと。本当に驚きだね、世界で有数のDJ二人、スティーヴ・アオキとハードウェルが、僕が会った中でも最も謙虚でナイスガイな二人であったということが。僕は本当にラッキーだと思う」

――ところで“Sally”の歌詞はどうやって作ったの?

「これは実在する女性を歌っているんだ。ただ実名はSallyではないけどね(笑)。僕がマヨルカ島にいた時に知り合った子で、お金持ちの家の子だった。ただ、彼女は反逆児で、親の意向を無視してマヨルカ島に来てたみたい。僕は彼女の父親も知ってたけど、彼は僕のことを嫌ってたね(笑)。そして、彼女には彼氏もいたんだけど……まあ、あとは歌の通り。この曲にはいわゆる放送禁止用語が多く使われているけど、昼間に聞く曲じゃないし、あくまでも朝方酔っぱらってパーティーしているときに聴く曲なんだから、いいでしょ! これはフェスティバルソング、ビッグパーティー用の曲なんだ。朝7時に起きて仕事前に聴く曲ではないからね。ハードウェルは金曜、土曜の夜のパーティーを盛り上げるというのが役割だから、単純に歌詞の内容がパーティーそのもののエネルギーにマッチしている曲が欲しかったんだ。多くのEDMの曲の歌詞は抽象的で切ないし、なんともわかりにくいよね。そこで、この曲だけは単純にわかりやすいものにしたかったんだ。もちろんそういうディープな曲は深いし、美しいけど、これはわかりやすく、一回聴いたら絶対に忘れないものにしたかった。ポルトガルのライヴでも感じたけど、みんな狂ったようにこの曲を歌ってたね。これからビッグフェスティバルが目白押しだから、この曲がかかるのを楽しみにしててほしい。信じられないぐらい盛り上がるよ。その時にみんなこの曲の真の意味を理解すると思う。ハードウェルは常にEDMを進化させてるから、この曲に取り組んだんだ。『United We Are』では、いろんな新しい挑戦をしたということが彼の勇気を物語っているよね」

Hardwell02
――ハードウェルのスゴさとは一体なんだと思う?

「僕個人の意見だけど、彼のスゴさはおそらく少年のころから何も変わっていないということだと思う。例えば、一緒にどこかに行っても、ドアを先に開けて、持っていてくれる。そんなことを今でも普通にやるんだよ。ものスゴく謙虚で、常に周りの人を気にかけてる。彼は僕の人生の話も知ってるし、それをリスペクトしてくれる。世の中には環境やコネに恵まれている人たちもいると思うけど、僕にはそういうものが一切なかったんだ。ハードウェルと会う機会をもらうだけのために、本当にいろんな苦労をしたよ。彼はその苦労を全て理解してくれているんだ」

――ハードウェルが君の人生を変えてくれたんだね。

「その通りだね。彼のおかげでいろんな機会に恵まれた。例えば、これからRevealed Recordingsからリリースするダニックとラック・デイとのコラボ曲“May Day”や、Spinnin’ Recordsからソロとしてリリースする曲、そしてトーマス・ゴールドとのコラボ曲、あと、トーマス・ニューソンとのコラボ曲も出るよ。今は本当に充実しているね」

――最後に日本のファンへのメッセージをお願いします。

「まだ日本には行ったことないけど、今度渋谷のWOMBに行く話もあるんだ。みんなと日本で会えることを本当に楽しみにしてるよ。これからもよろしく!」

Harrison04
Text by Hideo Nakanishi